日本財団 図書館


 

5.4 分子機械

分子機械とは文字どおり分子でできた機械である。エネルギー変換あるいは情報変換の機能を持つ分子機械の特徴の第一は小さいことにある。人類のテクノロジーも機械全体あるいはその中の構成単位を小さくする方向へと進んでいるが、超ミクロなモーターを作るという努力はされていない。機械が小さくなると質量が小さいので慣性が小さくなる。従って流体の粘性の影響を受けやすくなるからである。
分子機械はミクロな機械で、それが取り扱うエネルギーも小さい。分子機械が入力、出力として扱うエネルギーはkBTと大差がない。生物は、様々な動きをする。生物を動かすエネルギーは何なのか。動くための機械(分子機械)は、アクトミオシン系、微小管系、べん毛系の3種類しか知られていない。
ここでは、筋肉の例に学んだ例として、化学エネルギーを機械エネルギーに変換する化学モーター、および分子機械の応用としてマイクロマシンの概念について述べる。

 

5.4.1 化学モーター
生体内では筋肉の収縮機構の例に見られるように、化学反応によりタンパク質の構造変化が起こり、これを利用してATのエネルギーを効率よく機械エネルギーに変化している。したがって、我々が筋肉の例から学べることとして、化学結合の構造変化によって起こるコンフォーメーション変化を利用して、人工筋肉、あるいは柔らかい素材を用いたアクチュエーターへの応用が考えられる。温度、pH、イオン濃度、光などにより高分子の体積が不連続な変化を示す現象を利用して、例えば架橋したポリアクリル酸繊維やコラーゲンを酸やアルカリあるいは塩の溶液に浸し、それらの濃度を変化させると高分子が収縮と伸張とを繰り返すとフィルム等が考えられる。しかし生体内では体液のpH等が劇的に変化しているわけではないため、生体の運動機関のモデルとしては十分に学んだとは言えない。したがって、もっと別のモデルを考える必要がある。
一般に化学エネルギーが機械エネルギーへと直接変換されるにはどのような機構あるいは原理が必要であろうか。筋肉の運動を考える際に重要なことは、温度差がなくとも運動が実現されている点にある。例えば変温動物の体温は外界とほぼ等温である。カルノーサイクルで効率を表す式をおもいだすとわかるように、温度差を駆動力とする熱機関とは対照的である。筋肉と熱機関は双方とも化学エネルギーを機械エネルギーへと変換しているが、後者では燃料の化学エネルギーを気体分子の熱運動にいったん変換させて動力を得ているが、前者では等温系であるので分子の熱運動を抑えながら化学エネルギーを機械エネルギーへと変換している点が大きな相違である。
化学エネルギーを直接機械エネルギーへ直接変換するためには、等方的な空間では化学ポテンシャルのようなスカラー量は輸送や拡散などのベクトル量とは結合できず、

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION